世界に知られるスギ 縄文杉

縄文杉(じょうもんすぎ)
世界自然遺産エリア内の標高1300mの位置に自生
日本で一番の長寿木 推定樹齢2170年〜7200年
世界の長寿樹木ランキング 第4〜8位
※幹の中心部が消失している為、樹齢は推定となり、ランキングも不確定となっています。
樹高 25.3m 胸高周囲 16.4m
着生植物 13種
荒川登山口から 歩行距離 約20km 往復所用時間 約10〜11時間
縄文杉を見るための日帰り登山者数 2008年度 9万人 近年 6万人
1966年に岩川貞次氏によって発見されたこの大木は「大いなる岩のような木」の意味と、ご自身の名前にある「岩」を重ねて「大岩杉」と命名されました。
その翌年1967年の元旦に鹿児島県の南日本新聞が、その大木の推定年齢4000年というところから、「生き続ける”縄文の春”」という見出しとともに「その1粒のタネが芽を出したころ、縄文時代だった・・・・・」という記事が掲載されたことから、その後は「縄文杉」という呼び名で広まりました。
1967年、九州大学の真鍋大覚博士により、成長曲線を外挿して計算した結果、樹齢は7200年と推定されました。
この大木の発見者である岩川貞次氏は大きさから樹齢6900年と推定。
1984年には炭素同位体法による年代測定が行われ、樹齢2170年以上であると発表されました。
幹の中心部が空洞である為に正確な樹齢を出すことができず、推定樹齢2170年〜7200年とされています。
しかしこの樹齢7200年というのには物議が醸されています。
7300年前に屋久島の北40kmの海底にある鬼界カルデラの大噴火があり、多大な被害を生み出す火砕流は屋久島、種子島、九州南部まで達し、生態系も縄文社会も壊滅させたと考えられています。
強烈な火砕流で植物が生き残る可能性は低いとされていますが、同じエリアでも調査場所によって地層から発見される火砕流の堆積物の層厚が違うこともわかっており、南部の尾野間周辺地域の地層からは火砕流の堆積物が見つからなかった為、火砕流の直撃の被害を受けなかった地域もあったと考えられています。
昭和58年に環境庁の主導の原生自然環境保全地域調査では
「地学的にも生物進化から見ても、火砕流にみまわれた時から6300年程度の短い期間[1]で屋久島の独特の種が生まれるとは考えられない。
現在の特色ある動物相や植物相は、火砕流を岩かげその他でくぐりぬけ、生き延びたものの子孫と考えざるを得ない」との報告があった。(一部省略)
[1]旧データの為この年数とされています。
*********************************************
上記の調査結果、そして当店主個人の希望的観測ではありますが、
大噴火の被害から縄文杉が自生するピンポイントの地点が奇跡的に守られ、その地に新たな命が芽生え、成長した。そして今も生きている。樹齢7200年、そうであることを期待し、またそうであることが分かることを夢見ています。
現在の科学では確定ができないようですが、幾世代先までも命を繋ぎ、科学の進化で樹齢の解明ができることを願いたいと思います。
縄文杉だけでなく、屋久島には2000年、3000年という樹齢を持つ屋久杉が自生しています。
屋久杉の生命力はとても強い。
そしてそれらを育てる屋久島の大地の力は計り知れない。
その2つが重なり、今も存在できているのは屋久島を取り囲む自然環境があってこそだと考えます。
自然を守ること、日本のみならず、世界中の自然環境に目を向け、全ての自然は地球の財産として考える。
そんな意識を少しでも持つことができるように当店からは屋久杉のことを発信していきたいと思います。

縄文杉(じょうもんすぎ)
世界自然遺産エリア内の標高1300mの位置に自生
日本で一番の長寿木 推定樹齢2170年〜7200年
世界の長寿樹木ランキング 第4〜8位
※幹の中心部が消失している為、樹齢は推定となり、ランキングも不確定となっています。
樹高 25.3m 胸高周囲 16.4m
着生植物 13種
荒川登山口から 歩行距離 約20km 往復所用時間 約10〜11時間
縄文杉を見るための日帰り登山者数 2008年度 9万人 近年 6万人
1966年に岩川貞次氏によって発見されたこの大木は「大いなる岩のような木」の意味と、ご自身の名前にある「岩」を重ねて「大岩杉」と命名されました。
その翌年1967年の元旦に鹿児島県の南日本新聞が、その大木の推定年齢4000年というところから、「生き続ける”縄文の春”」という見出しとともに「その1粒のタネが芽を出したころ、縄文時代だった・・・・・」という記事が掲載されたことから、その後は「縄文杉」という呼び名で広まりました。
1967年、九州大学の真鍋大覚博士により、成長曲線を外挿して計算した結果、樹齢は7200年と推定されました。
この大木の発見者である岩川貞次氏は大きさから樹齢6900年と推定。
1984年には炭素同位体法による年代測定が行われ、樹齢2170年以上であると発表されました。
幹の中心部が空洞である為に正確な樹齢を出すことができず、推定樹齢2170年〜7200年とされています。
しかしこの樹齢7200年というのには物議が醸されています。
7300年前に屋久島の北40kmの海底にある鬼界カルデラの大噴火があり、多大な被害を生み出す火砕流は屋久島、種子島、九州南部まで達し、生態系も縄文社会も壊滅させたと考えられています。
強烈な火砕流で植物が生き残る可能性は低いとされていますが、同じエリアでも調査場所によって地層から発見される火砕流の堆積物の層厚が違うこともわかっており、南部の尾野間周辺地域の地層からは火砕流の堆積物が見つからなかった為、火砕流の直撃の被害を受けなかった地域もあったと考えられています。
昭和58年に環境庁の主導の原生自然環境保全地域調査では
「地学的にも生物進化から見ても、火砕流にみまわれた時から6300年程度の短い期間[1]で屋久島の独特の種が生まれるとは考えられない。
現在の特色ある動物相や植物相は、火砕流を岩かげその他でくぐりぬけ、生き延びたものの子孫と考えざるを得ない」との報告があった。(一部省略)
[1]旧データの為この年数とされています。
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上記の調査結果、そして当店主個人の希望的観測ではありますが、
大噴火の被害から縄文杉が自生するピンポイントの地点が奇跡的に守られ、その地に新たな命が芽生え、成長した。そして今も生きている。樹齢7200年、そうであることを期待し、またそうであることが分かることを夢見ています。
現在の科学では確定ができないようですが、幾世代先までも命を繋ぎ、科学の進化で樹齢の解明ができることを願いたいと思います。
縄文杉だけでなく、屋久島には2000年、3000年という樹齢を持つ屋久杉が自生しています。
屋久杉の生命力はとても強い。
そしてそれらを育てる屋久島の大地の力は計り知れない。
その2つが重なり、今も存在できているのは屋久島を取り囲む自然環境があってこそだと考えます。
自然を守ること、日本のみならず、世界中の自然環境に目を向け、全ての自然は地球の財産として考える。
そんな意識を少しでも持つことができるように当店からは屋久杉のことを発信していきたいと思います。




































