1000年後、屋久杉と呼べる木が増えていますように...
* 森と水の島 神秘の島 *
屋久島は、鹿児島市から南方約130キロの海上に浮かび、
約500キロ平方メートルの円形に近い五角形の島です。
屋久島へは伊丹空港、福岡空港、鹿児島空港から直行便の飛行機で行くことができます。
鹿児島からは 飛行機 40分弱、高速船 約2時間〜2時間半、フェリー 約4時間
いずれの方法での来島もお天気により欠航することも少なくありません。
そんなことから、「呼ばれた人しか行けない島」と言われてるようです。
島の外周部に一周できる道路があり、車で約3時間で周ることができます。
(走行距離はおおよそ100キロ)
屋久島の海には熱帯魚や海亀が泳ぎ、島の中央には宮之浦岳をはじめとした九州最高峰の山々が連なる為、山頂では降雪があります。
海岸線から山頂までの間に、亜熱帯から冷温帯までの植生が切れ間なく分布しています。
日本の南から北までの植生が移り変わる植物の垂直分布が見られるので、
屋久島の自然は「日本の縮図」と言われています。
1993年に島の面積の約21%のエリアが世界自然遺産に認定された理由の1つです。
屋久島は90%が森で、島の至る所から水が湧き出ています。
森と水の島と言われる所以です。
黒潮が運んでくる暖かい空気が屋久島の山にぶつかり、大量の雨を降らせる。
また、台風が頻繁に通過するルートに重なることもあり、日本一降雨の多い場所です。
林芙美子さんの小説「浮雲」の中に「屋久島は月のうち、三十五日は雨というぐらい...」と出てきます。
実際に屋久島に滞在して、雨が多いことをそのように綴られました。
屋久島の水は超軟水の硬度10と、とてもまろやかな美味しいお水。
水力資源が豊富であることから、平素の屋久島の電気は水力発電で賄われています。
また、豊かな水を蓄えた白神山地の苔むした森はジブリ映画「もののけ姫」の舞台モデルになったそうです。
それから、屋久島では温泉も楽しめます!干潮の前後二時間だけ現れる海中温泉や海のしぶきがかかる温泉も♪
いつの季節でも、どこでも、素晴らしい自然を存分に楽しむことができるのが屋久島です。

* 「杉」の3つの呼び名 *
【 屋久杉 】 標高500mを越える山地に自生し、樹齢1000年を超す杉
【 小 杉 】 それ以下の樹齢の杉
【 地 杉 】 戦後に植林された杉
杉は日本の固有種です。スギ科スギ属
* 屋久島で一番有名なもの *
屋久島・屋久杉のシンボル的なものを1つあげるのなら縄文杉でしょう。
標高1300mの山の斜面に自生していたのは根回り43m、胸囲16.4m、高さ25.3mの巨木
1966年に発見した方が「大いなる岩のような木」の意味と、ご自分の苗字にある「岩」を重ねて「大岩杉」と命名されました。
しかしながら、鹿児島県の南日本新聞が発見の翌年の元旦に、推定年齢4000年というところから、「生き続ける”縄文の春”」という見出しとともに「その1粒のタネが芽を出したころ、縄文時代だった・・・・・」という記事が掲載されたことから、その後は「縄文杉」という呼び名で広まりました。
樹齢は2000年、4000年、7200年と諸説ございますが、縄文杉の内部が空洞の為、樹齢を知る測定に必要なサンプルがありません。
その為、正確な樹齢はわからないというのが現状です。

この巨木を見つけられた方は、もっと大きな「万年杉」を見つけられていたそうです。
しかしながら、縄文杉の人気が高まりすぎて、多くの人が押し寄せ、縄文杉は弱り始めてきました。
なので発見者の方は、そんな二の舞にならぬよう万年杉のことは「おいはだれにも言わん」と。
万年杉は今も屋久島の奥深い山中のどこかで静かに時を重ねていることでしょう。
* 屋久杉が長生きできる理由 *
屋久島は、約1400万年前、花崗岩が隆起してできた島です。
その為、屋久島の土壌の栄養分は非常に乏しく、屋久杉は大変ゆっくり成長します。
一般的な杉の寿命は長くても400年〜500年位と言われています。
屋久島は日本で一番降雨が多く、その環境に適応する為に屋久島の杉は他の杉の6倍以上も多くの樹脂を蓄えています。
ゆっくりと成長している記録である木目は緻密で、多くの樹脂を含んでる為に、木の質は腐りにくく、数千年にわたって生き続けることができるのです。

* ご神木である屋久杉の伐採 *
屋久島では山岳信仰が盛んで、そこに自生する屋久杉は「神が宿る木」ご神木として大事にされてきました。
しかしながら...1586年には京都の方広寺建立に際し、豊臣秀吉に命じられ、用材調達の為に伐採したと記録が残っています。
今の姿のウィルソン株はその当時の名残です。

屋久島は米の収穫が少ないことから屋久杉の平木(高級な屋根材として寺社建築に使用)を年貢として納めていました。
以来、幕末までに五割〜七割もの屋久杉が伐採されたと推定されています。

* 次の世代に繋げていきたい *
江戸時代から本格的に始まった伐採ですが、現在流通している屋久杉は
その時代以降から伐採されたものの山から持ちだされなかった残材や切り株です。
これらを「土埋木(どまいぼく)」と呼びます。
第二次世界大戦後、復興から経済成長の為に森林資源が強く求められました。
大量伐採が行われる一方で、自然を守る動きも活発になりつつあり、
昭和60年代に入ってからはエリア毎に順次伐採禁止となりました。
樹脂を多く含む土埋木は、苔むした姿で数百年を経た現在も腐ることなく、山中に残っています。
伐採禁止後は林野庁の管理のもと、土埋木を山から搬出し、セリが行われておりました。
しかしながら、2019年3月を最後に定期的に行われていたセリも終わりを迎えました。
その為、今後、屋久杉の流通は減少し、値段の高騰が予想されています。
屋久杉の自然が創り出した美しさは他に類を見ない緻密な木目、幻想的な杢目で、見る人を魅了します。
かつての屋久杉工芸品といえば、屋久杉に塗料を重ねた床の間に飾るようなイメージでしたが、今ではそういったものは少なくなりました。
現在では屋久杉の力強さや自然が作った造形美を活かしたナチュラル感があるもので
筆記具、カトラリーから食器、花瓶、テーブルなど普段使いに取り入れやすくなりました。
屋久杉の香りはとても癒やされる香りです。リラックス効果が非常に高いことがわかっています。
その屋久杉の香りを存分に楽しめるのが「屋久杉精油」です。
樹齢1000年を超す樹木で作る精油は世界的に見ても大変珍しく、貴重なものです。
屋久杉は間違いなく「限りあるもの」になりましたが、
日本の、屋久島、この地ゆえに 数千年の長き命を得た屋久杉を多くの方に知ってもらいたい。
そして、私達の何世代先までにも「屋久杉」を繋げていきたい。
それが屋久島の自然を守ることに繋がっていきます。
その思いがかならず実を結ぶようにと【屋久杉と石の晴れの舞台】を通して活動してまいります。





































